沖縄週間ポスターの掲示と、沖縄週間および、沖縄の旅のためにお祈りをお願いします

今年の「沖縄週間」は6月19日(日)から25日(土)となります。「沖縄週間」は、日本聖公会全教区の教会・伝道所が沖縄の苦難の歴史と記憶を継承し、そして沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主の平和を求めて祈ることを目的として定められています。

現在、沖縄では辺野古への新基地建設が一時中断され、ゆっくりと撤退されていますが、緑豊かな高江では、日々不穏な動きが高まってきています。この地区と隣り合わせになっている米軍北部訓練所には22か所のヘリコプターの着陸帯(ヘリパッド)があり、区民の皆さんは爆音や墜落の危険の中での生活を強いられてきました。そこへ防衛局は2007年7月から新たに6か所のヘリパッド建設工事を強硬に開始し、2014年3月には一番近い民家から約500mしか離れていないところに1つのヘリパッド(N4)を完成させ、これによって昼夜を問わず住宅地や小学校、中学校の上を低空飛行されるようになってしまったのでした。本土に生きる殆どの人にとって、「爆音に苦しめられない生活」、「空からの危険に怯えない生活」とは当たり前のようなことではないでしょうか。でもその当たり前は区民の皆さんにとってはまったくもって当たり前ではない。そしてその当たり前を、最近になって、より一層奪い取られてしまう動き、それは6つのヘリパッドのうち未完成の4つを年内に完成させようとする動きが日々高まってきていると言うのです。

「平和」って何なのでしょうか。私たちの誰もが求めている「平和」っていったい何なのでしょうか。それは自分の、あるいは自分たちの何かしらの主義主張や利益のために誰かを、何かを排除してまで、そして傷つけたり、苦しめたりしてまで手にするものなのでしょうか。

今年も沖縄週間で目と心を天に上げて、キリストの平和が広がっていくようにと共に祈ってください。ヨハネによる福音書が伝えていますように、『わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。』とのイエス様のみ言葉をゆっくりと味わいつつ、キリストの平和が広がっていくようにと共に祈ってください。「誰かが「こうすることが平和だ」と言っていたので、ただ無条件に自分もそのように考えようとする「平和」」、また「長いものに巻かれてしまうような「平和」」、例えばそのような「わたしの平和」ではなくて「キリストの平和」を、です。そして同封のポスターを掲示いただいて、特に6月19日の主日礼拝の中では「沖縄週間の祈り」を一緒に祈ってください。沖縄教区と日本聖公会正義と平和委員会は、6月24日(金)から27日(月)までの間、「命どぅ宝 ~平和って何?わたしの平和、キリストの平和~」のテーマで「沖縄の旅」を開催いたします。是非、このプログラムのためにもお祈りくださいますよう併せてよろしくお願いいたします。

2016年5月17日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 渋澤一郎 
沖縄プロジェクト担当
司祭 長田吉史



沖 縄 週 間 の 祈 り

歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン



日本国憲法 第2章 戦争の放棄 第9条

〔戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認〕
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。



日本聖公会 沖縄教区
日本聖公会 正義と平和委員会

2016.05.20 | 沖縄週間

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。

最近はほとんど報道されることがなくなりましたが、2011年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故によってもたらされた放射能汚染は、未だに解決からはほど遠い状態にあります。子どもたちに対する放射能の影響は予測がつきません。それにも関わらず、九州地震の危険の只中にある川内原子力発電所は再稼働され、その他の原子力発電所でも反対の声を押し切って再稼働が強行されようとしています、一方、その間にも地球温暖化(気候変動)や砂漠化、工場排水や排気による大気汚染、その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。神様によって造られた生命が脅かされ、わたしたちに委ねられたこの世界が破壊されているのです。また原発事故の場合は言うまでもなく、環境難民という言葉が示すとおり、環境破壊によって多くの人々が故郷を失い、いつ終わるともしれぬ避難生活を強いられています。このような事実にわたしたちキリスト者は決して目をふさいではなりません。

わたしたちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、わたしたち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。去る2010年の日本聖公会第58(定期)総会において『地球環境のための祈り』が決議されましたが、第62(定期)総会においても、この祈りを継続する決議が提出される予定です。そこで2016年も引き続きこの祈りをともに献げたいと存じます。


【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会第58(定期)総会ならびに2014年の第61(定期)総会で決議された通り、6月5日の「国連世界環境デー」である6月5日の主日の公祷の代祷の中で、以下の『地球環境のための祈り』を、お献げいただくようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。

「天地万物を創造された主よ。あなたは、すべてのものを造られ、それらをご覧になり『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理をわたしたち人間に委ねられました。しかし、東京電力福島第1原子力発電所による災害が示すように、わたしたちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうかわたしたちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、原子力発電所による災害など、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、わたしたちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン」


天地創造のとき、神はわたしたち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)

世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の指標の一つとして、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。

「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。とくに、原子力発電所の事故の結果の重大性がますます明らかになっている今日、もういちど、わたしたちの心からの願いと決意を込めて祈ることが必要ではないでしょうか。


どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。

2016年5月15日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ペテロ渋澤一郎
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰

2016.05.19 | 地球環境のために祈る日

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