地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。

最近はほとんど報道されることがなくなりましたが、2011年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故によってもたらされた放射能汚染は、未だに解決からはほど遠い状態にあります。子どもたちに対する放射能の影響は予測がつきません。それにも関わらず、九州地震の危険の只中にある川内原子力発電所は再稼働され、その他の原子力発電所でも反対の声を押し切って再稼働が強行されようとしています、一方、その間にも地球温暖化(気候変動)や砂漠化、工場排水や排気による大気汚染、その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。神様によって造られた生命が脅かされ、わたしたちに委ねられたこの世界が破壊されているのです。また原発事故の場合は言うまでもなく、環境難民という言葉が示すとおり、環境破壊によって多くの人々が故郷を失い、いつ終わるともしれぬ避難生活を強いられています。このような事実にわたしたちキリスト者は決して目をふさいではなりません。

わたしたちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、わたしたち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。去る2010年の日本聖公会第58(定期)総会において『地球環境のための祈り』が決議されましたが、第62(定期)総会においても、この祈りを継続する決議が提出される予定です。そこで2016年も引き続きこの祈りをともに献げたいと存じます。


【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会第58(定期)総会ならびに2014年の第61(定期)総会で決議された通り、6月5日の「国連世界環境デー」である6月5日の主日の公祷の代祷の中で、以下の『地球環境のための祈り』を、お献げいただくようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。

「天地万物を創造された主よ。あなたは、すべてのものを造られ、それらをご覧になり『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理をわたしたち人間に委ねられました。しかし、東京電力福島第1原子力発電所による災害が示すように、わたしたちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうかわたしたちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、原子力発電所による災害など、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、わたしたちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン」


天地創造のとき、神はわたしたち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)

世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の指標の一つとして、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。

「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。とくに、原子力発電所の事故の結果の重大性がますます明らかになっている今日、もういちど、わたしたちの心からの願いと決意を込めて祈ることが必要ではないでしょうか。


どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。

2016年5月15日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ペテロ渋澤一郎
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰

2016.05.19 | 地球環境のために祈る日

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。

2011年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故によってもたらされた放射能汚染は、未だに解決の目処もつかない状態です。子どもたちに対する放射能の影響は予測がつきません。また、その間にも、地球温暖化(気候変動)や砂漠化、工場排水や排気による大気汚染、その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。神様によって造られた生命が脅かされ、わたしたちに委ねられたこの世界が破壊されているのです。また原発事故の場合にはもちろん、環境難民という言葉が示すとおり、多くの人々が故郷を失い、いつ終わるともしれぬ避難生活を強いられています。このような事実にわたしたちキリスト者は決して目をふさいではなりません。

わたしたちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、わたしたち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。去る2010年の日本聖公会第58(定期)総会において『地球環境のための祈り』が決議されましたが、第61(定期)総会においては、この祈りに若干の修正を加えて、以下の通り原発問題を含めて地球環境の祈りを継続することが決議されました。2015年も引き続きこの祈りをともに献げたいと存じます。

天地創造のとき、神はわたしたち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)
世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の指標の一つとして、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。

「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。とくに、原子力発電所の事故の結果の重大性がますます明らかになっている今日、もういちど、わたしたちの心からの願いと決意を込めて祈ることが必要ではないでしょうか。

どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。

日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ペテロ 渋澤一郎
環境問題担当者 司祭 ペテロ 岩城 聰
2015年5月24日


【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会第58(定期)総会ならびに2014年の第61(定期)総会で決議された通り、6月5日の「国連世界環境デー」に直近の主日である6月7日の公祷の代祷の中で、以下の『地球環境のための祈り』を、お献げいただくようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。

「天地万物を創造された主よ。あなたは、すべてのものを造られ、それらをご覧になり『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理をわたしたち人間に委ねられました。しかし、東京電力福島第1原子力発電所による災害が示すように、わたしたちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうかわたしたちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、原子力発電所による災害など、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、わたしたちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン」

2015.05.29 | 地球環境のために祈る日

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。
2011年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、被災地はもちろん、広範囲にわたる地球環境が汚染されています。神様によって造られた生命が脅かされ、わたしたちに委ねられたこの世界が破壊されています。また、多くの人々が故郷を失い、いつ終わるともしれぬ避難生活を強いられています。子どもたちに対する放射能の影響は予測がつきません。このような事実にわたしたちキリスト者は決して目をふさいではなりません。
またその間にも、地球温暖化(気候変動)や砂漠化その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。わたしたちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、わたしたち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。去る2010年の日本聖公会第58(定期)総会において『地球環境のための祈り』が決議されましたが、第61(定期)総会においては、この祈りに若干の修正を加えて、以下の通り原発問題を含めて地球環境の祈りを継続することが決議されました。この
祈りは、2014年の6月8日から用いることも併せて決議されました。総会決議を待っていたために送付が遅れましたことをお詫び申し上げます。


【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会第58(定期)総会ならびに2014年の第61(定期)総会で決議された通り、6月5日の「国連世界環境デー」に直近の主日である6月8日の公祷の代祷の中で、以下の『地球環境のための祈り』を、お献げいただくようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。


「天地万物を創られた主よ。あなたは、すべてのものを創造され、それらをご覧になって『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理をわたしたち人間に委ねられました。しかし、東京電力福島第一原子力発電所による災害が示すように、わたしたちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことのゆえに世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうかわたしたちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、原子力発電所による災害など、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、私たちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン」

天地創造のとき、神はわたしたち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)
世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の指標の一つとして、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。
「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。とくに、原子力発電所の事故の結果の重大性がますます明らかになっている今日、もういちど、わたしたちの心からの願いと決意を込めて祈ることが必要ではないでしょうか。

どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。


2014年5月29日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ペテロ渋澤一郎
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰


※各教会、礼拝堂にお送りした印刷物内の地球環境のための祈り文中の"東京電力福島第一原子力発電所"の記載において、福島の文字が抜けていたことを訂正し、お詫び申し上げます。

2014.05.30 | 地球環境のために祈る日

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。
2011年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、被災地はもちろん、広範囲にわたる地球環境が汚染されています。神様によって造られた生命が脅かされ、私たちに委ねられたこの世界が破壊されています。この事実に私たちキリスト者は決して目をふさいではなりません。
またその間にも、地球温暖化(気候変動)や砂漠化その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。私たちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、私たち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。昨年3月11日に出された主教会メッセージは、「原子力に依存するエネルギー政策の転換と、私たちのライフスタイルの転換が強く求められています。」と指摘しています。

【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会総会で、6月5日の「国連世界環境デー」に直近の主日に、「地球環境のための祈り」を各教会、伝道所、礼拝堂でお献げいただくという決議を採択していただきました。次のような祈りです。この祈りを、6月2日の公祷の代祷の中でお献げいただきますようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。

「天地万物を創られた主よ。あなたは、すべてのものを創造され、それらをご覧になって『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理を私たち人間に委ねられました。しかし、私たちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうか私たちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、私たちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン」


天地創造のとき、神は私たち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)
世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の五番目の指標として、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。
「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。とくに、原子力発電所の事故の結果の重大性がますます明らかになっている今日、もういちど、私たちの心からの願いと決意を込めて祈ることが必要ではないでしょうか。

どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。


2013年5月13日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ペテロ渋澤一郎
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰

2013.05.17 | 地球環境のために祈る日

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。
東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故は、周辺地域のみならず広範囲にわたって放射性物質を飛散させ、人々のいのちを脅かすとともに、地球環境に対して重大な影響を与えています。この結果に対して、日本という国は責任を持って対応し、収束をはからなければなりません。また、事故がなくても、原子力発電そのものが絶えず環境に放出する放射性物質によって、地球環境にとっても大きな脅威であるということが多くの人々の目に明らかになっています。
一方その間にも、地球温暖化(気候変動)や砂漠化その他の環境破壊は、ますます深刻の度合いを増しています。私たちは、原子力の問題を含めて、これまで人間が神によって造られた自然と生命に対して犯してきた過ちを真剣に振り返り、心からの反省と懺悔の念をもって地球環境のために祈るとともに、私たち自身の生活様式の転換をはからなければなりません。今年3月11日に出された主教会メッセージは、原子力に依存するエネルギー政策の転換と、私たちのライフスタイルの転換が強く求められています。」と指摘しています。

【地球環境のための祈り】
2010年の日本聖公会総会で、6月5日の「国連世界環境デー」に直近の主日に、「地球環境のための祈り」を各教会、伝道所、礼拝堂でお献げいただくという決議を採択していただきました。次のような祈りです。この祈りを、6月3日の公祷の代祷の中でお献げいただきますようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。

「天地万物を造られた主よ。あなたは、すべてのものを創造され、それらをご覧になって『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理を私たち人間に委ねられました。しかし、私たちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうか私たちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、私たちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによって、お願いいたします。 アーメン」


天地創造のとき、神は私たち人間に、自然を大切に管理することを委ねられました。創世記第1章にある「地の支配」という言葉は、かつては人間が自然界を無制限に利用する権威を与えられたというように解釈されていたこともありますが、現在では、環境破壊への反省を込めて、この「支配」は、古代イスラエルの牧者的王の働きであり、「世話をする」「見守りつつ大切に管理する」という意味合いを持っているのだということが、諸教会によって認識されています。「『支配せよ』と『地を従わせよ』は、数世紀にわたって創造の秩序を破壊する行為を正当化することに誤って用いられてきました。聖書の教えによると、神の像に造られている人間は、神の創造的愛と持続的愛を反映させて、被造物を大事にし、それと調和を保って生きるという、僕としての特別の責任があります。」(1990年、世界教会協議会ソウル会議メッセージ)
世界の聖公会は、ACC(全聖公会中央協議会)やランベス会議において、そのような反省に立って、教会の宣教の五番目の指標として、「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる」ことを掲げています。
「教会がなぜ環境問題を?」という疑問をお持ちの方もおられるかと思いますが、それだけに一層、礼拝の中でお祈りを献げてくださることが大切だと考えます。それは決して、教会の外部の問題でも政治的な問題でもなく、創造の業における神のご命令に従うことであり、生命の源である神との和解を受け入れることであり、信仰の核心に関わる問題だからです。

どうか、その趣旨をご理解くださり、各教会において、上記の「地球環境のための祈り」をお献げくださいますようにお願いいたします。

日本聖公会各教区
教会・伝道所・礼拝堂 御中
2012年5月10日
日本聖公会正義と平和委員会
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰

2012.05.15 | 地球環境のために祈る日

地球環境のために祈る日

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主の御名を賛美申し上げます。
東日本大震災で被災された東北教区、北海道教区、北関東教区、東北教区、横浜教区、東京教区の皆様に、心からお見舞い申し上げると共に、主が皆様と共にいて、命を守り、慰めと励ましの力をお与えくださいますよう、共にお祈り申し上げます。


【地球環境のための祈り】

 2010年の日本聖公会総会で、6月5日の「国連世界環境デー」に直近の主日に、「地球環境のための祈り」を各教会、伝道所、礼拝堂でお献げいただくという決議を採択していただきました。次のような祈りです。この祈りを、公祷の代祷の中でお献げいただきますようお願いいたします。ポスターも併せて掲示していただければ幸いです。


「天地万物を創造された主よ。あなたは、すべてのものを造られ、それらをご覧になり『よし』とされ、祝福されました。そして、その管理を私たち人間に委ねられました。しかし、私たちはあなたのご命令にそむき、自らの欲望を満たすために自然環境を乱用し、破壊さえしています。今、そのことの故に世界中の多くの人々が苦しんでいます。どうか私たちがあなたのご命令に立ち帰り、あなたによって与えられた自然環境を大切に保全し、後(のち)の世代のために残すことができますように。また、環境破壊の被害者の苦しみを取り除き、私たちの生活を変え、自然と共に生きることができますように。そして、自然を通じてあなたが現されるご栄光を仰ぎ見ることができるようにしてください。主イエス・キリストによって、お願いいたします。 アーメン」


 地球温暖化、砂漠化、気候変動などの自然環境破壊が加速化し、人々の生活に深刻な影響が出てきていることは、みなさんもよくご存じのことでしょう。神は私たち人間に、自然を大切に管理することを委ねられたのに、私たちは自然を乱暴に扱い、自然環境を破壊しています。ですから、私たちは被害者であると同時に加害者でもあります。祈ることによって、私たち自身も自らの生活を振り返り、神の被造物である自然と調和し、地球環境を保護しつつ生きる生き方を求めなければならないのでは、と思っています。

 「教会がなぜ、環境問題にまで?」という疑問の声もあるかと思いますが、この自然を創造され、人間に命をお与えになった神を信じる人々の群れだからこそ、被造物を守る任務を果たすことができるのではないでしょうか。1998年ランベス会議で出されている宣教の5つの指標の第5番目は次のようになっています。「被造物すべての統合への安全を図り、地球の生命の維持と再生とにつとめる。」
今回の震災で明らかになった原子力発電の危険性についても、みんなが共に考える必要があるのではないでしょうか。


【原子力発電の危険性と環境破壊】

東日本大震災は、自然の力の巨大さと恐ろしさを眼前に示すものとなりましたが、合わせて、原子力発電所の危険性を白日の下にさらす結果となりました。それは、人災という要素を今回の震災に付け加えるものとなってしまいました。原子力発電は、本来軍事目的に開発された核分裂の技術(つまり原爆)を平時において民生用に転用しようとしたものであることは皆様ご存じだと思いますが、民生用の技術としてはいまだ未完成であり、果たして安全に制御しうるのか、使用済み核燃料はどう処理するのか、放射性物質は漏出しないのか、爆発の危険性はないのかなど、多くの問題点を残したまま実用化されてきました。大量の放射能を放出しているのも、プールに保管されていたはずの使用済み核燃料が大きく関わっています。また、正常に運転していたとしても、海水中に放流する冷却水によって、海水は常に暖められ、温暖化防止とはほど遠いのが現状です。日本の電力業界では、原子力発電に対する依存度が極めて高く、資源不足を解決するものとして高く評価されてきましたが、不安は解決されないままで、原発付近の住民のみなさんは、いつも危険と隣り合わせという生活をしておられました。最近では、地球温暖化をもたらす石油などの化石燃料に代わるものとして脚光を浴び、「原発ルネサンス」という言葉まで用いられていましたが、それが全く的外れであることが今回の災害によって示されました。

 今回の福島原発での事故は、「想定外」の巨大地震による事故として片づけることはできません。多くの反対の指摘にもかかわらず、強引に原発建設を推し進めてきたことの是非が今こそ根本から問われているのではないでしょうか。しかしながら、一方で、私たちは、大変危険な状況の中で、現場で事故処理にあたっておられる多くの人々がおられることも忘れてはなりません。また、そのご家族や関係者の心中を考える時、大変心が痛みますが、それゆえに原発に関わる問題は、私たちの問題として考えていくことができるようになりたいと思います。

 後日、日本カトリック正義と平和協議会から発行された『原子力発電は"温暖化"防止の切り札ではない-地球上の生命環境にとって最悪の選択…』というパンフレットをお送りする予定です。聖公会の諸教会の中でも、原発の問題性について考えるためにご活用いただけると幸いです。


2011年5月17日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 主教 ダビデ谷昌二
環境問題担当者 司祭 ペテロ岩城 聰

2011.06.03 | 地球環境のために祈る日

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